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金沢地方裁判所 昭和28年(ワ)469号 判決

原告 伊藤久一

被告 藤野定一

主文

被告は原告に対し金十四万六千五十円及びこれに対する昭和二十八年十月二十六日以降完済まで年五分の割合の金員を支払せよ。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、原被告各その一を負担すべきものとする。

本判決は原告勝訴の部分に限り金三万円の担保を供して仮に執行することができる。

事実

原告代理人は被告は原告に対し金五十一万千三百五十円及びこれに対する訴状送達の翌日以降完済まで年五分の割合の金員を支払いせよとの判決並に担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求原因として次の通り陳述した。

原告は日本通運株式会社金沢支店の荷馬車挽を業とする。

被告は昭和二十八年六月二十三日夜九時頃金沢市大河端町二ノ六八宮本正一方に於て何等の理由なく不法にも突然原告に襲いかかり原告の頭部に脳外傷第II度兼頭頂部挫滅傷の傷害を加えその為今日まで荷馬車挽を休んでいるばかりでなく、生業につくまでに幾月を要するか医者も確たる見透しのつかぬ有様である。

この休業による損害は金三十万円(馬車挽による平均一日の収入金千五百円、月稼働日数二十五日、一ケ月平均総収入金三万七千五百円、昭和二十八年六月二十四日より昭和二十九年二月二十四日まで八ケ月間)

医者に支払つた治療費一万千三百五十円(昭和二十八年七月二日より昭和二十九年二月十三日まで)

被告が精神上蒙つた苦難を慰藉する為に金二十万円、

以上合計金五十一万千三百五十円及びこれに対する訴状送達の翌日以降完済まで年五分の割合の損害金の支払を求める。〈立証省略〉

被告代理人は原告の請求棄却の判決を求め、次の通り陳述した。

原告がその主張の職業に従事していた事実及び原告主張の日その主張の場所で原告と被告とが口論し喧嘩をした事実は認めるがその余の事実は全部争う。〈立証省略〉

理由

昭和二十八年六月二十三日金沢市大河端町二ノ六八宮本正一方で原告と被告とが口論し喧嘩をした事実、原告が当時日本通運株式会社の荷馬車挽を業としていた事実は当事者間に争がない。

成立に争のない甲第八号証、第十六号証、乙第一号証に証人本野栄造、石野太作、藤田芳、大地芳雄の各証言に原告及び被告各本人訊問の結果を綜合すると次の事実を認定することができる。

前同日金沢市第三消防団の予行演習が行われたが、同分団潟津分団の班長である原告は班員である大地清治、大地芳雄、石野太作、宿野政吉及び被告の五名と共に同夜前記宮本正一方で車座になつて互に飲酒中、原告と被告とは些細なことで口論し被告は突如原告にとびつき原告を抑向けに突き倒した上、右手拳で原告の頭部を殴打し因つて頭頂部挫滅傷並に脳外傷を加えたものである。

右認定の事実よりすれば被告は故意に原告の身体に傷害を加えたものというべく、従つて原告の蒙つた損害を賠償すべき責を免れない。そこで損害の数額を検討しよう。

証人天野重雄の証言、同証言により真正なものと認める甲第一、二号証を綜合すると、右外傷後同年七月二日以降原告は天野医師の治療を受け挫滅傷は同年七月二日、五日、七日の三回の手当により治癒したがその後も頭痛を訴えて通院し同年九月中旬頃になつて軽労働に支障なき状態となつたので天野医師より労働に従事するよう奨められたことを認めることができる。然るに原告本人訊問の結果並にこれによりその成立を認め得る甲第三号証、第十二乃至第十五号証の各一、二を綜合すると、原告は依然頭痛を訴え、その後も引続き天野医師の治療を受け引続き現在までその馬車挽の業を休んでいることが明らかである。

成立に争のない甲第十、第十一号証に証人天野重雄の証言によれば原告が前示の如く既に労働に堪え得る状態に復したにも拘らず、なお頭痛を訴えて通院しているのはいわゆる「災害神経症」と称すべきもので、これは負傷によつて直接脳脊髄神経組織が傷害せられて起るのではなく、被害者の特殊の心因性に基いて起るものであつて本病が発生する心理過程は自己の怪我に対して加害者等が責任を負うべきものであるという観念から責任者に対する補償の欲求を生じこの欲求観念が更に疾病願望という感情を生起し、この疾病願望が核心となつてこの種の症状を現わしてくるもので損害賠償等が行われるとこの種症状は軽快又は治癒するものであることが認められる。そうだとすればこの災害神経症は原告の特殊の精神状態により惹起せられたものであるから特別事情によつて生じた損害と認めるを相当とし、従つてこの特別事情につき被告が予見し又は予見し得べかりしことにつき何等の立証なき本件にあつてはこの損害につき原告は賠償を請求し得ないものといわなければならない。

前段認定の事実より当裁判所は原告の被害の日より三ケ月間昭和二十八年九月二十四日までの原告の休業による損害は被告に於て賠償すべきものと認め、その損害九万円(成立に争のない甲第十六号証に原告本人訊問の結果によれば平均一日収入千二百円、月稼働日二十五日、一ケ月収入金三万円の割)同年九月二十四日までの治療費六千五十円(証人天野重雄の証言によりその成立を認め得る甲第二号証による)並に原告の蒙つた精神上の慰藉料として前段認定の諸般の事情を斟酌して金五万円を相当とし前記合計金十四万六千五十円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和二十八年十月二十六日以降完済まで年五分の割合の金員の支払を求める限度に於て原告の請求を認容し、訴訟費用、仮執行の宣言につき民事訴訟法第九十二条、第百九十六条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 観田七郎)

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